諦め続ける薬

忘れることは、疲れに対する最高の薬。思い出に対する最悪の薬。

氷にならない世界

  • そして、世の中にこれだけ人がいたら、その中にはちっとも普通じゃなく面白い人生を送っている人もいるんだ。そうに違いないと思ったの。それがあたしじゃないのは何故?(谷川流 / 涼宮ハルヒの憂鬱)
  • 僕はいかにも自分が主人公であるような気分で生きているけれど、よく考えてみれば、他人の人生の中では脇役に過ぎない。そんなことに、今さらながらに気がついた。河崎たちの物語に、僕は途中参加しているのかもしれない。(伊坂幸太郎 / アヒルと鴨のコインロッカー)

 自分以外の膨大な数の人生。
 それを肌で感じた時、逃げ出したくなる。動揺する。

 よくあること、で済みますか?

 イベントで集まった人混みを見た時。高い塔から街並みを見下ろした時。長蛇の列にうんざりした時。たくさんの手紙がそれぞれの場所へ送られるのを実感した時。歴史表に並ぶ長い長い時間と出来事の群れを読んだ時。自分の体験したことのない世界を、見せつけられた時。
 他人は他人、自分は自分でその気持ちを抑えつけられないほど、「自分以外」のあまりの多様さを痛感する。

 よくあること、で済みますか?

 知らない時間、知らない星、知らない国、知らない土地、知らない家族、知らない繋がり、知らない人。
 いつもそれにさらされている。知らないことを知る機会はいつだってある。知らないということを知る機会もいつだってある。
 時間も、世界も、人も、止まってはくれない。知らないことを知りきる機会だけがない。

 そして、それらが止まってくる瞬間を知った時、もう一度、身震いする。