諦め続ける薬

忘れることは、疲れに対する最高の薬。思い出に対する最悪の薬。

後悔の物語としての「坊っちゃん」について

 「坊っちゃん」/夏目漱石を久しぶりに読んで、これは「後悔」の話じゃないか、と思い直した。
 人によっては「当たり前」と言われそうだけれど、意外とそういう感想がネット上で多くなかったので、メモ代わりに。

 ――

 「坊っちゃん」。
 子どもの頃軽く読んだときは、帯やら宣伝文句やらに「爽快」といった言葉が並んでいたからか、そういう物語だという認識しかなかった。
 改めてもう一度読んだところ、なんだか違うぞ、と感じるようになってきた。


 印象的な発言は、序盤にある。
 「おれ」が、子供の頃からお世話になっている清からお小遣いをもらった時。

この三円は何に使ったか忘れてしまった。今に返すよと云ったぎり、返さない。今となっては十倍にして返してやりたくても返せない。

 ここで、どうして「おれ」は、清に三円を返すことが出来ないのか、ここでは説明が無い。無いまま、「おれ」は東京から旅立ち、次々に話が進む。
 そして最後に、東京に帰ってきた「おれ」は、清の所へ向い再び共に住むようになり、文章の最後にこう語る。

清の事を話すのを忘れていた。――おれが東京へ着いて下宿へも行かず、革鞄を提げたまま、清や帰ったよと飛び込んだら、あら坊っちゃん、よくまあ、早く帰って来て下さったと涙をぽたぽたと落した。おれもあまり嬉しかったから、もう田舎へは行かない、東京で清とうちを持つんだと云った。
 その後ある人の周旋で街鉄の技手になった。月給は二十五円で、家賃は六円だ。清は玄関付きの家でなくっても至極満足の様子であったが気の毒な事に今年の二月肺炎に罹って死んでしまった。

 読者は、読み終わってここでようやく、三円を返せない理由を知るのである。
 三円だけではない。あの頃の清への多大な恩を、「おれ」は返すことが出来ない。
 そしてその後にある清の最後の願いを、彼は聞き届けることになる。


 そうすると、読者は、もう一度最初から読み返してみることになる。
 有名な最初の一文から、景色が変わっているように思えるのである。

親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。

 序盤に語られる「おれ」の勝ち気で突進気質ないくつものエピソード。一度目に読んだ時は勇敢さを感じた。
 しかし二度目に読むと、その無鉄砲さが上手くいった訳ではないことを再度認識する。むしろ「おれ」の勝ち気な性質は、怪我をすることもあり、周りに迷惑をかけることもある。
 「無鉄砲でも自分が損をする分には構わない」というように一度目は読めたその各エピソードに、「しかしそれだけではない」という含意が加わっているように感じる。
 いつまでも、昔のことが忘れられず、悔やむようになる。

しかし創痕は死ぬまで消えぬ.


 中盤の主エピソードである学校の話でも、強気ではあるが、万事うまく解決したわけではない。仕方のないことではあるが、喧嘩っ早さはすぐに変えられない。そうして時折、彼は松山でも清のことを思い出すようになる。

どうしても早く東京へ帰って清といっしょになるに限る。こんな田舎に居るのは堕落しに来ているようなものだ。新聞配達をしたって、ここまで堕落するよりはましだ。

 昔可愛がってくれた清のことを以前は少し疎ましく思っていた「おれ」が、清のことを考え、最後には清の元へと戻ることになる。


 彼はここまで、いくつもの話を、自慢げに話していただろうか?


 うらなりの話も山嵐の話も最後には終わった。家族とは疎遠のままだ。そんな「おれ」が帰って真っ先に向かうのが、清の家である。
 何よりも返したかった恩が、借りが、「おれ」の中には針のように残っていた。
 だからこそ、最後の段落は清の話である。
 恩をようやく返せるようになったが、今年の二月に亡くなってしまった清。その「最後の言葉」。
 いつまでも残り続けるその針。
 自分自身の無鉄砲さに対し、最後には複雑な感情を持つようになった、彼の独白。

 ――

 そんなことを思った。
 読み返して、これほど景色の変わることに、驚く。
 そして、一度そう思うと、私自身は、この物語に「勧善懲悪」「勇敢」といった言葉だけをラベル貼りするのに、少しだけ、躊躇するのである。