諦め続ける薬

忘れることは、疲れに対する最高の薬。思い出に対する最悪の薬。

Twitterという感情の置き場所

 ぼんやり思っていたこと。

 時々吐き出したい感情というのがある。
 自分の外部においておきたい感情というか、共有したい感情というか。
 それは歓喜かもしれないし、憤怒かもしれない。寂しさでも、悲しさでも、立ち直りでもある。
 体内でその濃度が高くなって、どうにかしないと、となる時がある。

 おそらく今まで、それを他人に話すことで、濃度を下げていたのだろうと思う。
 友人知人の数が少ない私ではあるが、たぶんそうしてきた。
 ただ、それが受け入れてもらえるかどうかは分からない。押しつけすぎは害だ。そんな考えが頭に入っているから、自分は吐き出さずにいた。

 twitterを始めた2009年。そこから、飽きずに続けていると思う。
 その根底にある、「感情の置場」。
 思ったことを書いておけばよい。ごくたまに反応があるかもしれない。なくてもよい。
 インターネット上に書いておけばいいという発想。それで吐き出した気になれる脳の構造。

 あれが楽しかった。おすすめ。あの流れはひどいと思う。寝付けない。その言葉が嬉しい。

 夜寝れない時。それが最もある。
 昔はその時、困っただろう。感情がおさまらず、寝返りをうつしかない。
 今は起きて、ノートPCを開き、Twitterに書く。サイトをまわる。瞼が重くなるまで。

 感情の濃度調整にはぴったりだ。
 おかげでここ5年、体内の感情濃度をうまく抑えられているように思う。

 ただ。
 たぶん、やりすぎると薄くなる。感情が。
 怒りを吐き出さず、あとでpostする。喜びを分かってくれないだろうから、あとで書く。

 もうここまで来ると、それがいいのか悪いのかもわからない。