諦め続ける薬

忘れることは、疲れに対する最高の薬。思い出に対する最悪の薬。

アニメ感想氷菓十八話〜二十二話:二者の妙

 アニメ氷菓感想ラスト。
 短編分、十八話から最終話。最後の二話くらいはネタバレ多め注意。
 それ以前のは過去ログにあります。


  • 十八話、連峰は晴れているか

 単行本未収録短編。
 原作だと二年生ってことも季節も明示はされていなかった。おそらく二年生編短編集に載るだろうこの話を、ここに食い込ませたというのは分かる。ただそれがクドリャフカの順番編のすぐ後とは思わなかった。
 短編集遠まわりする雛では確かに、正体〜の夏から心当たりの〜の十一月まで、間がとってある。それは当然文化祭を考慮してのことだろう。そして一月、二月、三月と短編が続く。そういったことを考えると、この短編をこの位置に挿入したことは驚きとともに目新しさを覚える。
 ただ、作中ラストでの折木の「性質」、これらはむしろ二年生に入ってからの長編や短編で集中的に語られているところであり、ここに入れることでその効果がどうなるのかは気になるところだった。
 結果的には、例えば二十一話の折木の駆動ともかみ合っているのでその点は十分だったように思う。
 ある意味「性質」自体はもともとであり、むしろ最後の台詞の「借り」ことが高校に入った後の変化ととることもできる。
 なにかあったかな、ああ、自転車のくだり。原作でも笑ってしまった。押して歩けばいいだろう! 前もあったろ! しかしこれこそ折木。小市民シリーズの小鳩君とはわけが違う。まああれは小佐内さんとの合理主義の共通もあるが。
 あと、高山市図書館など実在の場所がすごく印象に残る。ステンドグラスとか。公式サイトを見るとかなりの取材量が伺えるし、それが映像の丁寧さとあいまって強い。折木が前を歩いてその後千反田にピントが移動などの細やかな動きを加えている。


  • 十九話、心当たりのあるものは

 映像化大変そう……というのが第一印象。なにせ省略しすぎると単なる折木と千反田の会話。しかしながら推理の基本的構成と小さな伏線、キャラの機微が絡む完成度の高い短編。
 工夫としてはやはり、推理中の喩えの映像化か。それこそ氷菓編から恒例、とても分かりやすかった。
 表情はアニメ版キャラクタ特徴をより深めているようだった。豊富な変化。拗ねたりじとっとした目の千反田。芝居で照れる折木。


  • 二十話、あきましておめでとう

 正月編。置かれている状況から始まる短編は意外と珍しい。原作だと途中からsideABの視点変更。
 事前に公式サイトで公開されていたイラストでテンションが上がっていた。やはり着物が重要。
 特にここ数話ではモノローグがかなり排除されているので、例えば「一瞬だけそれを寂しいことのように感じた」などがアニメ版になかったりするのが残念と言えば残念だった。
 今回は摩耶花の台詞関連がかなりアニメ版にアレンジされていた。いつも以上にアニメ版キャラっぽい。折木とのやり取りとか、里志とのあれとか。「末吉引いたね!」が「末吉引いたね?」になっていたりするのも、これはこれで彼女らしい。


  • 二十一話、手作りチョコレート事件

 苦味随一の短編。
 さすがに作画の気合。こわいほど。
 中学生の摩耶花のヘアピンはアニメ版という感じがする。ふたりの距離の概算だと二年になってつけ始めた設定だし。ただ可愛い。その他、表情だけでなく構図もかなりこだわっていた。唯一逆光の摩耶花とか影の入った千反田とか。
 反応の遅れる里志は当然後半への反動へと繋がっている。よい。
 あ、そうだ、バーチャロン。かなり前に原作読んだ時はバーチャロンを知らなかったのでオリジナルゲーム描写だと思っていた。今年、経験者の友人に誘われてやって、その後原作再読して気づいた。電装天使ヴァルフォースも勧められたし。それが確かアニメ前。友人はその後原作アニメと通ったらしく一通りテンションが上がっていた。
 アニメ版だとかなりゲームは忠実っぽくみえた。機体名まで出すとは。その分多少地味さが目立ったかもしれない。原作だとむしろ要点を抑えた描写で、ジャンプ避けか近接か、という点辺りが重要だということを強調していた。ただ、中学校の里志なんかはかなり効果があるように見えた。
  「やる気があるね」と言われた時の折木の表情は、流れとして必ずやってほしいところであった分、とてもよかった。それこそ「お前のためにやっているんだ」という原作モノローグはもろ引っ掛けとしてとてもよくできているし、入れてほしいところではあったもののそこは仕方がない。
 千反田折木辺りもじっくり書いていただいて大満足。
 そして後半。 天気に関してはシリーズ通して言うことなし。特にここの雪の描写! 対峙したときの風とかも細かい。
 「摩耶花はいいよ」とかもじっくりやって欲しかった! なかなか喋らない里志のあの言葉にこめられているものを。
 ただやはりあの対峙は重要なものであり、一話での「借り」会話の回収としても印象的だった。あの「借り」は短編集で一年間を結び付けているものであり、それがそのままアニメ版でも結びつけとして機能している。
 あと、別サイドに関して! 原作読者的には驚きだったように思う。プロット変更はそれこそ「正体見たり」とこれだけ。こうなるとあの残酷さがかなり違うように見える、というだけで感嘆した。
 電話は次話エピソードでしっかり繋いでいる辺りがたまらない。それこそふたりの距離の概算までやるのかと思うほどの流れ。
 最終話の赤色に比べれは当然このエピソードでは黒の影が目立つ。
 ラスト。先述したプロット変更により、電話の意味がより明確に変わった。千反田が確実に知っていた、という意味。だからこそ逆に折木の苦味が際立つわけで、ダメージは大きい。
 折木と小鳩君の違い。折木が甘いものいける口だと言っているのに苦いものを食べることになり、小鳩君は甘いものが苦手なのに甘いものを食べることになっている。それぞれの作中、区切りのラストでそういったものが描かれていて、各シリーズの分かりやすい意識がみられる。


 最終話。
 「心当たりのあるものは」とは逆に、これ以上映像栄えするエピソードはない。二期OPで桜がちょっと描かれただけでテンションが上がり、とても楽しみだった。
 灰色と薔薇色の喩えを強調した氷菓編。そこと同調させるような桜色の散りばめ方が鮮やかだった。
 序盤の折木気まずさの表現は原作よりも濃くなっている。折木から見ると自体がよく分からない、ということがしっかり強調されているようだった。
 歩く雛のシーンはむしろ面白い試みに感じた。原作ではモノローグで語られるところだったから、同じように要点だけを引き出すのだろうと思っていたけれど、ああいう映像にするとは。もっと落ち着いていてもよかったのではないかという気持ちもあるけれど、強調された「気になる」や桜色はとてもいい効果だった。「もし今紅を差し」で違和感があったものの、ただの区切りの違いだったようす。
 追加された折木摩耶花会話は歓喜。とてもよい。アニメ前話での流れからのこのやり取り。原作前話ラストでの「策略だったってことに」のくだりとも関連しているといえる。あと摩耶花の肯定の「んん」っていう声がかなりツボ。
 女帝との会話も前からの流れをくんだ形。折木が思わず推理癖「前髪を触る」から中断するところなども分かりやすい。
 推理部分はかなり忠実か。そういえば今回みんな服装が寒そうだったものの、ここの千反田の明るい服が記憶に残る。折木の「……そうでもないさ」はいい台詞。原作モノローグの少し詳しく語ったところをたった一言で。
 なお推理場所は千反田邸でなく、歩いて帰るという方向だった。二人をまわりパノラマで集落を映しつつ、その場所について千反田が語る。いいなー。ラストシーンで狂い咲きの桜を持ってくるあたりもう言葉が出ない。
 「修めるというのはどうだろう」のところはね! もうね! 声を上げそうになった。あれは、アニメから入った人より、原作からの人がどきっとしたのではないだろうか。ひっかけ。プロット変更の例からすると「言葉にしてもおかしくない」と予想してしまうから。
 短編集のラストと同じように、穏やかでありながら次の春を予感させる、とてもよいやり取りだった。


 ということでこの感想シリーズも終わり。全話まとめた感想書きたかったものの、今の時点で取り掛かってもたぶんなぞるだけなのでここではあまり書かないでおく。
 これからとしてはやはり「ふたりの距離の概算」以降、二年生編のアニメ化に期待するところ。小説でも短編が出ておりしっかり二年生編が続いていくのだろうし、ありえないことではない。本編終了後の「映画化決定」まではさすがに夢を見すぎていたことを自覚しつつも、やはりいつか続きを見たいという気持ちは尽きない。
 その「いつか」をまたゆっくりと待ち続けることにする。