諦め続ける薬

忘れることは、疲れに対する最高の薬。思い出に対する最悪の薬。

SCP個人的に好きなものメモ

 たまにはサイトの話。SCP Foundation。
 異常なものを確保収容保護する団体および異常なもの一覧について書かれたページ群。
 結構前にSCPを和訳分全部読んだ。今でも新たに更新されたものを読んだりしている。
 ただ思い出すのが大変なので、気に入ったものをここに列挙してみる。
SCP Foundation 非公式日本語訳wiki - http://scpjapan.wiki.fc2.com/


SCP-198 - Cup of Joe (コーヒーを一杯) / SCP-823 - Carnival of Horrors (恐怖のお祭り) / SCP-859 - Arachnophobic Orb (クモ嫌いのオーブ) / SCP-860 - Blue Key (青い鍵) / SCP-2701 - True Solitary (完全なる孤独)
 個人的に怖いのはこの辺。蜘蛛は嫌いなのである。ある意味SCPは自分の怖いもの分析器として機能するかもしれない。アイソレーションタンクの怖さとかこれで知った。

SCP-028 - Knowledge (知識) / SCP-120 - Teleporting Paddling Pool (瞬間移動プール) / SCP-131 - The "Eye Pods" ("アイポッド") / SCP-294 - The Coffee Machine (コーヒー自動販売機) / SCP-377 - Accurate Fortune Cookies (正確なフォーチュンクッキー) / SCP-467 - Confessional Phone Booth (告白電話ボックス) / SCP-662- Butler's Hand Bell (執事のハンドベル)
 秘密道具系。これらは結構分かりやすい。「こうしたらどうなるか」の思考実験系ともいえる。SCPの多くのものに言えるが、時々その効力を調べるため無理やりな環境に置くせいで、神秘的作用を入れなければいけなくなっている。そこの強度が重要か。

SCP-752 - Altruistic Utopia (ヒトならざる者の理想郷)
 もう一つの世界。崩壊シナリオ予測もの(やばいことになると世界が崩壊するだろうというレベルのもの)は面白い。
SCP-1322 - Glory Hole (死滅の穴) / SCP-1678 - UnLondon (裏ロンドン) / SCP-2000 - Deus Ex Machina (機械仕掛けの神)
 似た系統だとこういうのも。

SCP-1590 - The Book of Tamlin (タムリンの本)
 ゲームに参加させられる。しかしながら、これは試してみる人(Dクラス)の実際の例が示されており、読み物としていい感じ。

SCP-342 - A Ticket to Ride (涙の乗車券) / SCP-348 - A Gift from Dad (パパの贈り物) / SCP-1470 - Telepathic Spider (テレパシーグモ)
感動ものはやはりこういうのをあげる。どちらかというとちょっとした小説である。1470と859の性質の違いと言ったら。

Eldritch Application (不気味な面接)
番外。投票システムだけでなく、SCPがある程度の品質を保てている理由。こういう皆で考えていく世界観において、しっかり決まりを立てているというのが安定の秘訣なのかもしれない。

ボードゲームインストに関する個人的体験

 ボードゲーム日記番外。インストについて。
 私自身がボードゲームを買い、友人や知人とプレイする際、当然私がそのゲームの説明をする。
 もともと身内でしかやらない私としては、説明を受けたことというのがほとんどない。同じ趣味を持った先輩から数回くらい。ゲーム会などに参加するつもりもない。おそらくそうなったらやるゲームの知識を事前に得ようとするだろう。
 それでも、インストの重要さに関しては疑いようがない。きちんと説明しなければ、プレイヤーは楽しめず、ゲームが動かないからだ。ゲームファンの間でも、インストに関してはよくコメントをみる。
 私は軽いゲームばかり遊んでいるが、重いゲームに至ってはどうなるか想像しがたい。どれだけ説明を丁寧にすべきか、ということ。過去のボードゲーム日記でもその点はいつも記している。
 今回は、インスト中にあったことを書いてみた。また、私がインストした実例についても。

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よくある、よくないであろう例について。

  • 説明書を渡すのはよくない。

 両親が多機能電話機の説明書を読むだろうか。新たに部屋に来た人がプリンターの使い方の説明書を自発的に読み出すだろうか。
 まず、(私のように)説明書を読むのが大好きな人と、実際にやりながら覚えたい人がいる。この認識は重要。
 そして、説明書からすべてを把握するのが早い人がいて、そうでない人もいる。
 ボードゲームの説明書は、他の商品のそれと比べ、細心の注意を払って書かれているものがほとんどではあるが、それ以上に、きっちり説明することは重要である。ゲームの中には、やってみないと感覚が分からないものが多くあるからだ。
 少なくとも、説明書を渡して「読んでおいてね」「分かったら始めよう」というのは、なかなか人のことを放り投げていると思う。

 トランプなら別にいい。4つのスートが1-13までの13枚ずつ、あとJOKER。ほとんどの人が存在を知っているであろうと思う。
 しかし、そのゲームを初めて見た人にとっては、何を使うかというのは重要である。使われているものが何であるかというのはぜひ説明しておきたい。
 効果があるカードの場合、その効果の概要が書かれているものが多い。しかしそれだけに任せると、処理の際に揉めたりする。
 不十分だとこうなる。

家族と「ドメモ」プレイ開始。一通り説明し、[1のコマは1つ、2のコマは2つ……というようにあって、全部で28枚]というのも説明している。
 母がやがて呟く。「ああ、こういうゲームなのね」「ところで、この数字ってすべて同じ枚数あるの?」

「ニムト」プレイ中。「これって数字被ったらどうなるんですか?」

 使うものはすべて見せること。カードの内訳を説明して、その上すべて表にして見せること。百聞は一見に如かずとはよく言ったもの。
 そして、「それらの説明が十分であったとしても、初めてやる人の中にはゲームの一回目に疑問を持つ人がいる」というのも理解することが重要。
 一番いい例は、「まず一回、テストプレイしてみますか」と言うことだろうと思う。それで失敗したことはない。

  • ゲームに対し皆が皆興味を持って集中を切らさないだろうと思うのはよくない。

 インストとは違う話になるかもしれないけれど。説明がうまくないと飽きられる。そもそもゲームに臨む状況は全員同じというわけではない。楽しもうと思うところから、ちょっと暇をつぶそうくらいまである。ゲーム会なら別だが。
 インストの時にどうもうまくいかない時は、こういう場合もある。

  • やり方だけをまず順を追って説明するのはよくない。

 これはゲームによるだろう、とは思う。ものによっては手元の道具の軽い説明が先だったりする。ある意味これは個人的な考えだ。概念を説明するのが最初、となると入りやすいだろう、という思考。そうでない人もいる。
 最初に、「このゲームが目指すところ」の方がいいのではないかと思う。「やり方の一番目」より、「勝利条件」が先。「勝利条件」より、「ゲームの概要」が先。
 そこを説明できると、スムーズさが増す。
 ただ、ボードゲームはテーマを"story"としてつけているものだけでなく、"flavor"としてつけているものもあれば"schema"としてつけているものもある。流れを完璧に説明しているもの、ゲームの空気を具体的にするもの、人が知っている概念をゲームに落とし込んでいるもの。それらをひとまとめにして概念として用いると、たまにズレが発生することに注意。
 「ビッグチーズ」を会社経営のゲームとして説明するのは、入札→働かせる→お金を得るというのが概念としてあるからだ。プレイヤーは社長ですと説明書に書いてあり、駒がねずみになっているのはそのためである。
 「ごきぶりポーカー」はポーカーでなければ、各マークに違いもない。だけど、忌み嫌われるものは押し付けられたらいまわしにされる、という皆が持っている概念のためにこういうデザインになっている。
 うまいこと説明できると、プレイヤーが次々に没入していく。

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 実際のインストを書き出してみる。
 当然よくない。書き出すとさらにチープさが増す。最善かどうかは様々な要素によって変わる。皆が楽しんでくれたかどうかで、よかったかどうかが決まるといってよいが、どうしたら改善できるかは迷う。どう改善すればいいかを色々な人に訊いてみたい。
 とりあえず好きなゲーム。


 (1)ハゲタカのえじき
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%B2%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%81%AE%E3%81%88%E3%81%98%E3%81%8D

さて、まずみんなカードを持ったかと思う。みんなが持っているカードは構成が一緒で、1から15までのカードが一枚ずつ入っている。こんな感じね(見せる)。そしてここに特典カードが積んである山札がある。こんな感じ。+1から+10までと、-1から-5までのカードがある。
皆が手札を道具として使って、この得点カードを取り合うって言うのがこのゲームなんだ。
やることは簡単。まず得点カードがめくられる(めくってみる)。そうしたら、皆が手札から好きなカードを選んで一枚伏せる(ふせてみる)。揃ったらいっせーのーせでめくって、一番強いカードを出した人がこの得点カードをもらえるわけだ。
簡単! これを15回繰り返すだけ。一回使ったカードは使えないからもう横においておく。
そしてこのゲーム、ルールが三つある。一番、「プラスのカードが出たら、最も強い人がもらう」。これはさっき言った。二つ目、得点のカードはマイナスのものもあるんだけれど、「マイナスのカードは、最も弱い人がもらわないといけない」。ここがちょっと違う。だから、"マイナスのカードをもらいたくない時はより高いカードを出さないといけない"わけだ。そして"プラスのカードをもらいたい時も高いカードを出さないといけない"んだ。ここがポイント。
三番目のルールは、数字が被った時の話。例えば、+10の一番強いカードが出たとして、みんな手持ちで一番大きな15の手札を出そうと思うだろうけれど、「他の人と被った時、その人たちはカードをもらえない」んだ。その次に強い人がもらうことになる。
得点カードがマイナスの時もそう。最も低い所で他の人とかぶったら、その人たちはもらわなくていい。次に低い人がもらうことになる。
(ちなみに全員被った時は、そのままにしておいて次の得点カードをめくって、その二枚を新たに奪い合う)
こんな感じかな。気になることはある? とりあえず一回テストプレイしてみると感覚が分かるかもしれない。


 (2)髑髏と薔薇
http://www.skull-and-roses.com/pdf/Skull_rules_Us.pdf
例外状況は除いておいて後から説明した。ペナルティとか、スタートプレイヤーとか。

みんなに四枚のカードを渡した。表にはデザイン、裏には薔薇が三枚、髑髏が一枚書いてある。みんな一回表にして見せてみようか。これ、デザインがちょっと違うんだけど、暴走族の小さいチームのマークになっている。みんな小さな暴走族のリーダーだ。今回はこのカードを使って、総大将みたいなのを決めようと思う。そんなイメージでいてくれればいいよ。ちょっとした読みあいのゲームだ。
リーダーはやっぱり度胸のある人がいいだろう。そんなわけで、今からみんなにはある課題をクリアしようとしてもらう。そのクリアを二回やった人が勝ち。その人が総大将。二ポイント取れば勝ちって感じかな。
課題って言うのは、ちょっと説明が難しい。みんなでカードをおいていくんだけど、「薔薇をめくる枚数を宣言して、その通りの枚数の薔薇を捲れれば勝ち」ということ。分かりやすくするため、ちょっと順番に説明してみようか。
順番が来たら、カードを一枚置く。試しに置いてみよう(置く)。髑髏でも薔薇でも、どちらでもいい。さて、順番にみんな一枚ずつ置いた。
二週目が来たら、二つの選択のうちどちらかを選ぶ。一つ目は「さらに追加で一枚置く」。もしくは二つ目、「チャレンジを宣言する」。
例えばここである人がチャレンジを宣言したら。そこで置くのは終わりになって、今回の挑戦者を決める段階に移る。課題をクリアしようとする人を選ぶ訳だ。課題は「薔薇をめくる枚数」。例えば「チャレンジ2枚」って言ったら、私は挑戦者になったら薔薇を二枚めくりますよー、というわけだ。そうすると次の人は、それよりも上の枚数をチャレンジするか、このラウンドは降りるかを選択する。オークションみたいなものだね。「チャレンジ2枚」→「3枚」→「降りる」→「5枚」……みたいな感じ。降りると、挑戦者にはなれないけれど、課題に失敗した時のペナルティがない。降りる時は分かりやすく、カードを手前に押すことでします。一人以外全員降りたら、残った人が挑戦者となる。
挑戦者は、実際にカードをめくっていく。宣言した枚数捲れれば勝ち。ただしルールがあって、「まずは自分の前にあるカードを全部めくる」必要がある。自分のところを全部めくったら、あとは好きな人の前のカードの上から、一枚ずつめくる。
例えば、この状況で4枚めくる時は、まず自分のをめくって、残り三か所めくって、全部薔薇だったら挑戦成功、一ポイントというわけ。一ポイント取ったら、この台座の紙を裏返すことで示す。
もし髑髏をめくったら、ポイントはもらえずペナルティ。手札がランダムに一枚減る。ぴんと来ないかもしれないけれど、手札がなくなっていくと結構つらい。そして手札が全部なくなるとこのゲームから脱落する。
だいたいこんな感じかな。"挑戦したければ薔薇を置いていく必要がある"けれど、"相手を引っかけたい時は髑髏を置く必要がある"。"髑髏をおいていてもチャレンジ枚数を宣言するのは良い"けれど、挑戦者になってしまうと、まず自分のところからめくらないといけないから、即失敗。これは自爆という。自爆の時も手札が一枚減る。
一回やってみると感覚がつかめるかな。ちょっと勝ち負け関係なしにやってみようか。

2014年に聴いたボーカロイド曲メモ

 恒例エントリ。
 2014年に聴いたボーカロイド曲列挙。その年公開曲だけ。だいたい公開日順。
 PSVitaも持っていないしゲーセンからも離れてしまったしで、ProjectDIVAすら離れてしまった。聴く曲も少しずつ偏ってきた印象がある。

2012はこちら - http://d.hatena.ne.jp/hidoread/20130105/1357397158
2013はこちら - http://d.hatena.ne.jp/hidoread/20131223/1387805257

 追記よりどうぞ。動画リンク貼ってあるので少し重いかもしれない。

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映画感想 - 劇場版魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語

 所用で遠くまで出る必要があり、しかも夕方は暇だったのでレイトショーへ。劇場版魔法少女まどか☆マギカ叛逆の物語。
 総集編も観たかったものの、劇場が遠かった。今回は予定がありとてもタイミングがよい。
http://www.madoka-magica.com/

 ネタバレはないわけではない。というかあるな。ところどころぼかしつつ。何の情報も観たくないという方は閉じていただければ。

 格闘ゲームで例えると、今まで見たことのないコンボで10割決められやりたかっただけーと言われたような感じ。そりゃそうでしょうよ! と言いながらこちらは座ってみている。なかなかない体験。これはtwitterでも書いた。
 以降続きを読むより。あとで追記するかも。

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空っぽになったらポイされるんだよ

 「結婚に対して意識しているか」という話が、この間出た。
 その時は適当なことを言ってごまかしたものの、帰ってからしばらく考え込んでしまう。
 結婚って何だろう。

 あ、別にこのエントリは社会の変化云々に関して述べるわけではないので安心してほしい。自分の話。
 あとエントリタイトルで思い出したけれど、陽毬のキスの話の後であの回想話というのはとんでもない構成だと思った。

 以降、断片文章。

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 私の結婚に対する意識の低さは、まず結婚式イベントの少なさにあるのではないかと思う。せいぜい二回だし。親しい友人から結婚式の招待状が来るというのもまだ体験していない。twitterで結婚に関する話題および結婚したtwitter-erの方々をお見かけする回数の方が多い。
 ありていに言うと、結婚について考えることがほとんどなかった。
 というか、それほど頻繁に訪れるのだろうか。結婚を意識することが。
 ここで、私が、“引く手あまた”で“もてもて”で“異性に困ったことがない”ようならば、話は違ったのかもしれない。
 あいにくそんなことはなく、ずっとあの残滓を求め続けながら、私はここまで来た。

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 結婚式については、数年前に文章を書いた。従姉の結婚式の時の日記。
http://save-own-sentences.tumblr.com/post/12366260134/2010-03
http://save-own-sentences.tumblr.com/post/12454903644/2010-03
http://save-own-sentences.tumblr.com/post/12502610152/2010-03 
 あのイベントは今でもかなり記憶に残っている。
 しかしながら、それが自分にもきうるのかと思うと、まったくぴんと来ない。予定もないのだから、仕方がないのかもしれない。

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 個人的には店長さんのpostが頭に残っている。
http://twitter.com/_mk2/status/2022702845

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 相変わらず、自意識について書くのはいまだに苦手だ。
 ましてや「あれ」を「自意識」という単語に落とし込むのも。
 ここで、白状する。
 「相手は自分と結婚してくれないだろう」という思い。
 それが最大の足かせ。

 ここでの「相手」は、いるかいないかは関係ない。
 いようがいまいが、「いるとして、こんな自分となんて結婚してくれないだろう」なんて考えが頭をもたげるのである。
 こわいこわい。

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 あとは、結婚という制度の話もある。制度への意識。結婚に関する話の時にも、そういう制度上のメリットデメリットの話は出た。
 今まで意識していなかったそれを意識するとき、ようやく制度について調べ始めるのだろうし、いま考えたって仕方がないのだろうと思う。

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 結婚についての話が出た時は、「結婚したら遊べないじゃん」であるとか「できるならしたい」であるとか、さまざまな意見が飛び出しているわけで、その多様さは意外でもあり面白くもある。
 こういう時の模範解答が気になる。建前。結婚に対してどう言えば角が立たないか。なにせわからないので。

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 少なくとも、私に関しては。
 ずっと残っている気持ちの整理が終わらない限り、ずっと上記のようなことを断片的に考え続けるのだと思う。
 だからこそ、「その時になってみれば分かるよ」なんて言われたら、やっぱり少しばかり、おこってしまうかもしれない。

軌跡シリーズ - 戦闘システムの変遷は何を減らし何を増やしたか

 軌跡シリーズにおける戦闘システムの話。
 一応ここでは空の軌跡FC/SC/the3rd/零の軌跡/碧の軌跡の話をあげている。那由多は戦闘ジャンルが違うし、閃はこれからだし。
 これらのゲームの戦闘についていくつか書いているので、一つも情報を入れたくないという方は注意。特に碧の軌跡の二周目特典。ストーリーネタバレはなし。

        • -

 軌跡シリーズの戦闘システムの改善には注目すべき点がいくつもある。
 空の軌跡FCでの骨組みだけでも十分ながら、そこからプレイヤーの要望に合わせ次々と変更が施された。その点をすべてあげるのは大変だ。
 また、SC/the3rdにおけるチェインクラフト、零/碧におけるコンビクラフト、そしてオーブメント・オーバルアーツの変更など、新要素も多く取り入れられている。
 まず、この変遷について軽く書く。

    ***

 ゲームシステムの変更、第一の理由は当然、利便性だ。
 戦闘をよりスムーズに、ストレスフルに。それが基本の理念。
 単純に、戦闘で煩雑な部分を取り除いた。
 例を挙げよう。
 アーツ(魔法)のエフェクトの長いものは、次作で短くなった(エアリアルなど)。
 前作でメンバーの装備をいちいち変えるのが面倒な状態だったから、次作では自動で外せるようにした。
 PC版では自動カーソル移動だったのが、零/碧ではPSPに合わせリング状メニューになった。
 零碧になり、アーツやクラフト(固有技・必殺技)の演出はSTARTボタンでカットできるようになった。レベル差がある場合、エンカウント前攻撃で倒せるようになった。

 ある意味、これらの変遷は、ボトルネックを取り除き続けた結果ともいえるだろう。
 戦闘においては、必ず律速がある。
 エンカウント。オープニング。カーソル合わせ。敵の選択。攻撃エフェクト。敵のムーブと攻撃。回復や移動。撃破。戦闘終了リザルト。これらのなかで最も時間のかかり、戦闘時間を決めている要素。それらを次々に変更していったのだ。

    ***

 戦闘システムの変更が必要だった、第二の理由。インフレ。
 多くのゲームでその要素はある。雑魚敵よりもボスは強くなければいけない。話が進むごとにボスもキャラクタも強くならなければいけない。
 どこかで、「レベルの存在によりプレイヤーが自分自身で難易度を操作できる」という文を読んだ記憶がある。レベルが設定されていることで、プレイヤーの操作スキルの差異をプレイヤー自身で調整してもらう。いくつかのゲームにおいて必要な部分といえる。ただそれにより、プレイヤーに調整してもらうために「敵の強さ設定の調整」は、ゲーム側が行うことになる。(注記:以降、「インフレ」という語句は「戦闘力の上昇」という意味で)

 空の軌跡FCの例。
 戦闘攻略法の一つに、状態異常がある。
 敵を状態異常にしておいて倒すことは常套手段だ。
 例えばアーツの一つ「カオスブランド」。敵一体を「混乱状態」にする。混乱状態になると同士討ちかふらふら移動以外の行動はとらなくなる。とりあえず敵にこれをかけておいて、あとはぼこぼこにする。
 たいていの敵にはこれが効いた。中終盤で出てくる攻撃力の高い敵にも、これをかけることで幾分戦闘が楽になった。攻撃力が高いのはインフレによるものだが、このアーツひとつでその攻撃力は敵から味方へと変わった。
「あ、この敵強い。じゃあまずカオスブランドかけて、そこから……」
 次作以降では、これに対し対策が取られた。
 「耐性」。
 状態異常無効を持つ敵が多くなったのである。たいていのボスには混乱耐性がついた。それだけではない。石化にも、一撃必殺にも、耐性がついた。当然の措置ともいえるし、それは情報取得のクオーツを装備しておくことでプレイヤー側も把握できた。

 さあ、続編であるSC/the3rdのボスに、カーソルを合わせてみよう。情報を見ることができる。
 敵が持つのは、耐性の山。
 あの状態異常にはならない、その状態異常にもならない。
 インフレの一つであることは当然として、これにより、プレイヤーの攻略方法も変わっていったのである。

 さあさあ、さらにその次の作品、零の軌跡/碧の軌跡をみてみよう。敵情報ではなくアーツ一覧である。カオスブランドの項目。
 『敵一体攻撃・確率10%で混乱する』
 ついにアーツの効果が変えられたのだ。
 補助魔法から攻撃魔法へと。
 また、中ボスくらいにカーソルを合わせてみる。状態異常無効マークが二十近く並んでいる。
 このため、プレイヤーは、状態異常中心の戦略をあきらめ、「状態異常になればラッキー、それよりも強さ」「属性弱点をさらに突く」「耐性を持っていないという弱点を狙う」などへと変化していったのである。

 このように、簡単すぎる選択肢の排除は、いくつもの理由により、戦闘システムが行う。それはインフレのためであり、安易さの除去であり、攻略に頭をひねってもらうための対策である。

    ***

 次の話に入ろう。
 このような、大きく二点に分けられる戦闘システムの変更により、何が起こったのか。
 ボトルネックを取り除きつつ、エンカウント量は変えず、ゲームのボリュームをアップし、安易な選択肢を減らした、その結果、どうなったのか。
 もうご理解いただいているかもしれない。
 「戦闘行為自体が、ゲームにおいて律速になった」のである。
 軌跡シリーズには、いくつものイベントがある。戦闘のみではない。メインクエスト、サブクエスト、街まわり、ダンジョン、謎解き、などなど。
 その中で、戦闘の時間消費が、どんどん増えていった。
 総プレイ時間における戦闘時間の割合。これが大きくなったのだ。

 一応注記しておくと、零/碧においては、エンカウントの変更で戦闘時間短縮の動きがあった。レベル差が大きい時はフィールド攻撃で倒せる。それ以外の雑魚敵も、フィールド攻撃を背中から撃つことで怯ませ、先制攻撃状態にできる。いずれも短縮に一役買っている。

 ただやはり、シリーズが進んでゲームのボリュームが増えた分、戦闘の煩雑さも増えたように思う。あの敵の多さ。ダンジョン攻略ですら、いくらか分かりやすい一本道が増えたのに、敵の量は依然として多く、エンカウント数0というわけにいかない。そしてレベル上げのためにも、戦闘が必要な割合、そして時間割合は大きくなった。

 ボス戦。HPが上がった。固くなった。ほとんどの状態異常が無効になった。
 戦闘インフレにおいては、「敵のHP上昇」も「防御力上昇」も同じ意味を持つ。
 そしてインフレを起こした強大な敵を倒すには、「レベルを上げる」か「時間をかけて倒す」か「弱点を突き続ける」かに大別されるようになる。
 前はここに状態異常云々もあったのだが、それは前述の通り、慎重に除去された。

 結果、戦闘への歯ごたえが増えた。いいことだ。
 事実、零/碧のプレイ中は、空の軌跡FCよりも緊張感がある。エンカウント方式の変更のためだ。
 ただ、雑魚敵も「面倒な敵」へと変わったことで、いつまでも緊張感が残り続けるという道中になったのだった。

    ***

 いつまでも続く戦闘。ちょっとばかり、辛くなる時もある。
 ボスにたどり着く前のダンジョン。これは、レベルを適正にあげてもらうための場所という一面を持つ。
 ボスが固くなり、レベル上げが重要になった以上、このダンジョンも例外なく長くなった。
 最たる例は、the3rd終盤における某ステージである。
 非常階段のようにいつまでも降りていく一本道ダンジョン。四つの角に配置される敵。いつまでも終わらない。そして最下部での特殊な小ボス。経験値はどっさり入るが攻略が難しい。
 なにせキャラクタ自身が「腕試しの場所だから、必須ではないが行ってみるのもいいのかもしれない」などと喋るようなステージである。
 あの場所の攻略を繰り返せば、レベルは上がる。ボス戦は楽になる。ただ、「時間」以上に「ストレス」の方が増えるというのもまたありがちである。


    ***

 さて。この戦闘システム変遷の結末について書こう。
 「戦闘」というものに対し、最終的にどのような解決が与えられたのか。
 軌跡シリーズにおいてそれは、「葉隠」のクオーツ、そして「AUTO戦闘」である。
 まず「葉隠」のクオーツ。
 このアイテムは、空の軌跡の終盤や隠しで出てくる。これを装備すると、敵に接触しても戦闘にならない。これにより、「雑魚敵と戦ってレベルを上げるか」「進めるために敵を避けるか」を選択できるようにしたのである。
 「AUTO戦闘」は、碧の軌跡二周目以降の実績ポイント解放機能。
 これが出てきた時は、私自身さすがに吃驚した。ある種存在してはいけない機能であり、「あって欲しかった」ものであったからだ。
 ゲーム終盤、雑魚敵を倒す楽な方法は、「攻撃」の連打である。敵のダメージは気にせず、ひたすら味方キャラクタに「攻撃」の指示を出す。これが簡易で、経験値もセピスも少し入る。ポケモンでもドラクエでも、こういった状況になる時がある。
 何十回もこの攻撃連打をして、私は思ったのだ。半オートな戦闘機能があれば楽なのに、と。まさにそれの具現化である。危なくなったらSELECTで解除もできる。ボス戦では自分でキャラクタを操作すればよい。
 ゲーム二周目以降も、この戦闘量ではさすがに飽きがくる。ただでさえこのシリーズは、ゲームが進むほど二周目以降の得点が増え続けてきた。
 ボス戦はともかく雑魚戦は、この機能が非常に役に立つ。

 ついに、戦闘システムは、戦闘という最後に残ったネックも、回避する術を用意したのだった。

    ***

 戦闘は華だ。そしてその華を維持するために、戦闘要素を持つゲームはどれもシステムを洗練させてきた。
 そして短所を取り除くのは改善の基本。特に軌跡シリーズでは、その変化が分かりやすい。
 そして少し思う。
 戦闘は華。だけれど、これらの変化で、どう戦闘を楽しむのかというのも、変わりうる。
 つまり、戦闘システムの変化は、楽しみの変化とも連携している気がする。

    ***

 ※その他
 この話に関連して、零/碧において街歩きの時間が非常に長くなる現象、通称「クロスベルマラソン」についても書こうと思ったけれど、焼き直しになるのでやめておく。
 街が便利になり、装備等のシステムが改善され、徒歩以外の移動手段も準備。そうなると、「ころころ変わる街の人との会話」の時間割合が増えるのは当たり前のことなのだろう。その他の理由もあるけれど。

失敗しうることは失敗するだろうから

 マーフィーの法則が大好きである。

 最初に出会ったのはなんだっただろうか。確かマーフィーの法則に似たもので、「機械が壊れたことを誰かに証明しようとすると動き始める」。あれほど腑に落ちた時もなかなかない。
 失敗しうることはいつか失敗する。なんとなく、この法則を意識しているだけで危機管理へ対応している気分になる。

 いつだったかこの法則に関して考えたこと。
 例えば、機械にA,B,Cのボタンがある。AとBは機械の操作に必須。ただCは絶対に押してはならない。Cを押すと爆発する。
 こういった状態に置いていると、駄目だと分かっているのにミスや何らかの要因でいつかCを押してしまう。ボタンとして同列に並べてしまう以上、仕方のないこと。Cを押して欲しくないのならボタンのままにしておいてはならない。Cがどうしても保安上必要な場合はA,Bと並べておいてはならない。
 このあたりの考えはフェイルセーフの思想と一致する。

 これを頭に入れておくと、日常生活でも、「失敗することを防ぐ」よりも「失敗しうることを防ぐ」ことに意識が行く。
 ここに刃物を置いておくとぶつかったり落としたりして大変なことになるから仕舞っておこう。
 ここで作業するとこういうことになるから移動しておこう。
 こんな具合。 
 ただし、やりすぎると「傷付きうるから傷付きうるような行動をやめよう」になるわけだけれど。


 マーフィーの法則というのは意外と適用が広い。
 先に示したフェイルセーフ・ポカヨケの考えの他、「失敗した例外状態ほどよく覚えている」という記憶状態に関する内容もある。「機械が壊れたことを誰かに証明しようとすると動き始める」も後者。
 珍しい成功も珍しい失敗も、人の記憶に残りやすい。クイタンであがった時よりも役満をあがった時の方が記憶は鮮明。
 失敗する時に限ってこうだ、という考えは、「勝手な法則づけ」にもつながってしまう。

 マーフィーの法則が好きな理由。
 それは動物っぽさが出ているからなのかもしれない。
 やってはいけないことをやってしまう。やってはいけなかったことばかり覚えている。
 「傷付きうるから傷付きうるような行動をやめよう」というのも、ある意味では、過去から学んだことによる勝手な法則付けなのだろう。